Report

2022.01.25

カイゴのしごと魅力発信レポート|看取る文化の再構築~介護を自分事化する、地域にひらくケア~

「病気や介護なんて…まだまだ先のこと」「まだ若いし、自分には介護なんて関係ない」そう思っていませんか?人が病院や施設で亡くなるのが当たり前になった近年、介護や人の死はどこか他人事として日常生活から切り離されるようになりました。そんな中で今回は、地域で「介護を自分事化」して「地域にひらく介護や看取り」を実践している法人「ライフの学校」の取り組みをご紹介します。

 講師紹介 

社会福祉法人ライフの学校・理事長 田中伸弥 さん
大学にて教職員課程を専攻。教員採用試験を受けるも不合格。卒業後、講師の道は選ばず友人の勧めで老人保健施設にて3年間、介護職に従事。その後、盛岡に転居・医療法人に入社し4年間、支援相談員に従事。平成22年よりライフの学校に入社。
https://gakkou.life/

 レポーター紹介 

看護師ライター・町田舞 さん
新卒でシステムエンジニアとして就職し、うつ病・休職を経験し退職。その後フリーターを経て介護職から看護師となり、フリーランスに転身。現在は訪問看護師としても働きながら、医療福祉事業のウェブ・広報業務や、看護メディアでのライター活動、ブログ・SNS発信などパラレルキャリアとして活動中。

介護を「他人事」から「自分事」へ

介護職に就いた私ですが、働いてから3年間は何気なく“仕事としての介護”をしていました。それが自分事に変わったきっかけは、私が25歳のときに兄がバイクで交通事故に遭ったときでした。兄が寝たきりの生活になったことで介護が他人事ではなくなり、一気に自分事として実感が沸きました。

ただ、当時は自分も若かったこともあり、両親から「(兄のことは)私たちが看るから、あなたは自分のことをしなさい」と言われて、私はそれまでの仕事や環境に戻り、実家に戻ったときに看病を手伝うという生活になりました。

ですが、それから1年後、兄の看病やストレスが重なり今度は母が倒れました。手術をしましたが、がんで余命半年と言われました。そこから生活が一変し、当時いた仙台から、家族が治療を受けている病院のある岩手に引っ越しと転職をして、働きながら母と兄の介護をするという選択をしました。それから1年後に母が亡くなり、激動の1年を過ごしましたね。

そんな立て続けに…医療や福祉に携わっていても、自分や周りが若かったり元気なうちは「まさか自分が…」「自分(や家族)は大丈夫」とついつい思ってしまいますよね。

でも“そのとき”は思いがけないタイミングでやってくる。普段から、生や死について考えたり学んだりできる場が必要だなと、看護師として医療・介護に携わるたびに思います…。

私の兄の事故は例外ですが、誰でも遅かれ早かれ、病気になったり歳をとったり、認知症になったり、介護が必要な時期は来るんですよね。だから、誰にでも“自分事”になる可能性があることを考えてみてほしいと思います。

その後、ライフの学校に転職したんですが…施設長になってから半年後、29歳のときに今度は東日本大震災が発生しました。職員の家族が津波で亡くなったり、そこでもたくさんの死を身近で経験しました。生と死を一気に見た数年間でしたね。

でも、振り返ってみるとそれが良かったんだと思います。「いつか人は死ぬ」ということを若いうちに多く学ぶことができました。日本には、死の教育がほとんどなく、死に触れる機会がすごく少ないですよね。死が自分事になっていないと「よりよく生きる」につながらないと、自分の経験を通して思いました。

そして、そんなさまざまな学びや経験が「ライフの学校」への法人名の変更やコンセプトづくりにつながっていきました。

家族の事故・障害・病気・死…さらに震災…壮絶な数年間を過ごされたんですね。

「介護」も「死」も、誰にとっても他人事ではなく、自分にも起こりうること…それを現実で目の当たりにして病気や死と向き合い続けたことで、田中さんにとって介護がどんどん「自分事」に変わっていったんですね。

社会福祉法人「ライフの学校」とは?

ライフの学校の理念は「支えあって、学びあって、すべての人の人生を豊かに」です。
「介護」とか「高齢者」という言葉を使わず、「地域に暮らす“すべての人”の人生を豊かにするにはどうしたらいいか?」ということをミッションとして掲げている法人です。

ライフの学校では、人生の大先輩である高齢者=「ライフの先生」から生きることを学ぶお話し会、子どもたちと高齢者がつながる「駄菓子屋」などを日々開催しています。また、施設の屋上を改修して地域の子どもたちに利用してもらう「図書館」にして、そこに高齢者たちの「ライフストーリーブック」を置いて読めるようにしたり、認知症の方と一緒に飲みながら語り合う「LIFE BAR」を開催したり、それを地域の人も参加できるように学びのイベントにして、取り組みの“見える化”をしています。

私たちの取り組みは、一見介護から離れるようでつながっています。なぜ今、死が身近に見えないのか?と言えば、病院や施設の中で人が亡くなる時代だから。昭和の時代までは、家で高齢者が亡くなって、その隣の家では産婆さんがいて子どもが生まれて…そんなふうに、命の始まりから終わりまでのライフイベントが地域の中にありました。地域の中で人が生まれて、老いて、死んでいく…そんな命のサイクルが見えていたんですよね。それが今では、高齢者が町から消えて病院や施設にいて、その中で亡くなっていく。そこを開放して地域と介護をつなげています

「ライフの先生」「ライフストーリー」「LIFE BAR」…ネーミングも取り組みもとても素敵です!
そうして視点や伝え方を変えることで、高齢であることや認知症があることなど一見ネガティブに捉えられることでも、ポジティブな取り組みに変わっていきますね。

地域にひらくケア~事例を通して~

私たちが取り組んでいる「地域にひらくケア」について、事例をいくつかご紹介します。

まず、若年性の認知症で入居された女性Aさん。Aさんは(介護を)拒否されることがあり、他のサービスでは支援がうまくつながらずに私たちの施設に来られました。入所後、やはり機嫌が悪く、「私がどれだけ我慢してるか分かってるの?!」「もう出ていく!」と施設の外に出ていってしまいました。制止は良くないということで、職員がひとりAさんについていく形をとりました。

私たちの施設では、本人の動向をご家族も見られるようリアルタイムで記録をして共有できるようにしています。外に出て興奮しているAさんの様子も記録し、息子さんに電話もして状況を説明し、自宅に戻るかもしれない旨も説明しました。

そこから、Aさんが八百屋や薬局、ケーキ屋さんに寄って「つけられている」「もう嫌だ」など店員さんと話す様子にも付き添ったり、ついていく職員を交代したり、店員さんに傾聴をお願いしたりしました。こうして地域の人にも対応してもらうことには意味があって、その人にとって介護が自分事化するきっかけだったり、施設の中だけではなく「地域でケアする」ということだったり、そういうところにつながっていくんですよね。
そうして、地域の全員が介護を自分事化できるような取り組みをしています。

「地域にひらくケア」…言葉では言えても、ここまで丁寧に関わって実践されている法人や地域は貴重なのではないでしょうか…。「介護を自分事」にしていく、地域の輪が広がっていますね!

Aさんは結局、その日は施設に戻ることを拒否されたので、一度自宅に戻っていただくようにしました。ご家族にも了承をいただき、無理に施設に戻るような働きかけではなく、気分転換をして落ち着いたら戻ってくるように、また「いつまででも帰りを待っている」という私たちの想いを、本人や息子さんに伝えました。

その結果、夜に息子さんの送迎で施設に戻ってこられましたが、「自分が言ってもダメで、東京にいる叔父と電話で話したら機嫌が戻った」と話されていました。やはり介護“だけ”では足りないんですよね。

そして、ここからが「介護」の領域なんですが、Aさんの不機嫌の原因には「ヒマだった」ということが分かりました。Aさんは認知症ではあるもの身体機能としては自立しています。そして若い頃に、人の身の回りの世話をする仕事をしていたこともあり、「ありがとう」と感謝されることが自尊心につながることや、施設に入所されて「ずっと座らされていることが苦痛で仕方なかった」ということが分かってきました。

そこでAさんに掃除や裁縫などをお願いし、職員と一緒にやってもらうことにしました。そうして、Aさんがその人らしく生活できる環境を整えたことで、そこからは一度も離設(施設側からすると予期せずに施設から出てしまうこと。外出とは異なる。)はなくなり、怒ることもなくなりました。
これからの介護には「支える→支えられる」という一方向の関係ではなくて、相互に支え合えるような双方向のアプローチが必要だと思います。

たとえば、定年退職した人が急に弱ったり認知症になるのは、社会活動から切り離されることがきっかけだったりしますよね。
生きがいや役割がなくなると、人は心身ともに衰退していく…。役割を持って自分にできることをして人の役に立つことで、Aさんは生きる価値や自尊心を取り戻していったんでしょうね…。

尊厳ある看取りとは~看取りをひらく~

施設で、もうあと数日で看取りになりそうなBさん。意識もあまりない状態でしたが、Bさんのお気に入りだった職員が声をかけると口を動かすなどの反応がありました。職員の誰かがそういった状況を記録で共有すると、ご家族だけではなく他の職員からも「会いに来てくれてありがとう」などとコメントが寄せられます。

「なぜ職員が職員に感謝するの?」と不思議に思われる方もいるかもしれませんが、こうしてひらいたケアをしていることで、家族の境界線が良い意味であやふやになっていくんですよね。ご家族も「家族が増えた感覚になる」と喜んでくださっていました。

亡くなる前の状態を共有することを不謹慎に思われる方もいるかもしれませんが、家族との関係性や地域にひらいたケアをしているからこそできることです。昔は、亡くなる直前の人がいる家にも人が出入りをしていて、昔話をしながら息を引き取る…なんてことが当たり前にあったんです。今では病院や施設で人が亡くなるようになり、誰にも知らされることなく亡くなることが当たり前になった…それをまた地域にひらいていけるように、私たちは「看取りをひらく」ことにも取り組んでいます。

「看取りをひらく」という言葉を使われていますが、元々は開かれていたはずの看取りが閉じてしまっていただけのことで、死が身近にあるのは本来自然なことなんですよね…。
特別なことをしているのではなく、人が本来あるべき“人間らしい生き方・死に方”に戻るための過程に取り組まれているのだと感じました。

他にも、入所者のCさんが下顎呼吸(亡くなる直前の呼吸状態)で看取り直前だったときのこと。「あんこもちが食べたい」と言っていたCさんの願いを叶えるため、スプーンで少しだけ召し上がっていただいたこともありました。

その後徐々に呼吸が無呼吸に近づく中で、ご家族を呼び、職員が集まる中で、駆け付けた看護師が部屋の前で転んでしまったんです。そこで職員みんなで笑っていたら、Cさんもくしゃっと笑って…そのまま穏やかな笑顔で息を引き取られました。また、施設に遊びに来ていたその看護師スタッフの息子さんが、Cさんに最期の挨拶にと折り紙で指輪をつくってはめてあげていました。そうやって、亡くなる命に触れてお手伝いをしてくれました。

これからは例えば、駄菓子屋に遊びに来ている子どもたちが、入居者の最期に挨拶に来るのが当たり前になる日が来るかもしれません。そうして関わっていた人の死に触れることで、生きること・生ききることを大事にする、生きることを学ぶことにつながっていくと思います。そんな風景をこれから増やしていきたいですね。

ライフの学校の取り組みは、法人内にとどまらず、地域や地域の人びとにどんどん「ひらくケア・介護・看取り」として広がっていますね!“死”をきちんと身近に、自分事として触れることで、“よりよく生きる・生ききる”を自然に考えられる…素晴らしい取り組みだと感じました。

私たちは、入居者の方のお通夜や葬儀にも参列しています。ある入居者の方の葬儀のときに、思い出の振り返り映像が流れたのですが、職員がサンマを焼いている写真が流れたり、大半が施設での思い出の写真だったことは嬉しかったですね。

実はこのサンマを焼くシーンも、元々は最期が近かったその方が「サンマが食べたい」と言っていたので「せめて匂いだけでも…」と近くで焼いて見せたんですよね。するとそのときに、ほんの数口ですがサンマを食べることができたんです。さらに、その後も他にも好きなものを食べられるようになり、最期が近かったはずがそこから4ヵ月も過ごすことができました。

私たちライフの学校にはそんなエピソードが無数にあり、地域にひらくケアを続けています。

学生からのQ&A

仕事で辛かったことはありますか?

辛いことは…毎日あります。昨日も亡くなった方がいましたし、家族のように過ごした人が亡くなっていくのは辛いですね。紹介した事例のように、チャレンジがうまくいくこともありますが、うまくいかなかったこともたくさんあります。急に最期を迎える方もいて、「あのとき、ああしておけば…」と後悔することもあります。とはいえ、その分多くの学びがあって喜びも増えていきますね。

ライフの学校に行ってみたいのですが、大学生の私たちに何かできることはありますか?

今、近隣の小中学校で学力差が出ていたり様々な問題があり、学校と連携して、ライフの学校で無料の寺子屋・コミュニティスクールを始めています。子どもの宿題を手伝うなどの有志を募っていますし、畑をやっていたり、マンパワーが必要なことはたくさんあります。
インターンのように1、2日来てもらうようなことも歓迎していますよ。

近くに家族がいない、身内がいない人の看取りでやっていることはありますか?

身寄りがいない方も多く、私が保証人を引き受けている方が何人もいます。長年の服役から出てきて要介護になっている方も受け入れています。そういった方にも、関係性を築いていって、最期にどうしたいかを聞いてできるだけ希望に沿うようにしています。社会福祉法人として、最期まで面倒をみていく形をとっていますね。

家族と死について話すと「不謹慎」と言われます。まず、どのようなことから話をすればいいと思いますか?

同じ質問、よく聞かれます。人生会議(ACP)は大事なことですが、色々と物議を生んだりしましたよね…。私の場合、例えば「がんになったとき、抗がん剤治療をしたいか?」など、死に方より生き方に視点を合わせて「どう死にたいか?」よりも「どう生ききりたいか?」と言い方や変えて話すように伝えています。死に方ではなく「生き方」に焦点をあてて話の切り口を変えてみてはいかがでしょうか。


「介護の自分事化」「地域にひらくケア」「看取りをひらく」…。一見、特別な言葉や取り組みにも思えますが、どれも人が人として生きる中で、本来の自然な暮らしに戻っていく過程なのではないでしょうか?「生きるを学ぶ」が凝縮されたライフの学校の取り組みから、あなたはどんなことを感じ学びましたか?この記事が、読んだ方にとって、明日からの“よりよく生きる”・“生ききること”を考えるヒントやきっかけになれば幸いです。

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