Report業界研究記事
2021.12.23
カイゴの業界研究セミナー レポートvol.2|非日常のくらしをつくる「町おこしファッションショー」
「非日常のくらしをつくる」をテーマに開催された、【カイゴの業界研究セミナー】。
第二弾で紹介するのは、社会福祉法人が企画・開催する「町おこしファッションショー」。
介護が必要な人や地域住民にスポットライトをあてたファッションショーって?なぜ始めたのか?やってみて起きた変化は?介護職でありファッションショーのプロジェクトリーダーを務めた山之口さんに語っていただきました。
講師紹介
社会福祉法人 豊悠福祉会・山之口ゆい さん
2014年入職。高知県出身。大阪府豊能町という人口2万人弱の町で、「町おこし」としてのファッションショーを企画。多世代が交流できる場作りの中心として活躍中。
社会福祉法人 豊悠福祉会:https://shounkan.jp/
レポーター紹介
看護師ライター・町田舞 さん
新卒でシステムエンジニアとして就職し、うつ病・休職を経験し退職。その後フリーターを経て介護職から看護師となり、フリーランスに転身。現在は訪問看護師としても働きながら、医療福祉事業のウェブ・広報業務や、看護メディアでのライター活動、ブログ・SNS発信などパラレルキャリアとして活動中。
豊悠福祉会と町おこし
豊悠福祉会は、大阪府豊能郡豊能町にある社会福祉法人です。“大阪”と聞くと都会のイメージを持つ方も多いかもしれませんが、豊能は”都会から近い田舎“で、自然も多く、人口約2万人の小さな町です。社会問題になっている少子高齢化の問題にダイレクトに直面している地域でもあります。
豊悠福祉会は、高齢者介護事業(特別養護老人ホーム、デイサービスなど)からスタートし、その後は障害者支援事業(放課後等デイサービスなど)なども展開しています。その中で地域活性化事業として、法人主催の町おこしイベントを行うようになりました。それがこれから話すファッションショーの話にもつながっています。
介護に携わっていない方にとって、福祉施設って近寄りがたいものですよね。そこで、もっと知ってほしい・気軽に足を踏み入れてほしいという想いから、豊悠福祉会や福祉施設について少しでも知るきっかけとなるよう、町おこしイベントを開催するようになりました。
病院や福祉施設とその外って、どこか分断されがちですよね…!
でも本来は、自分や家族の誰もがいつかは利用する可能性のある場所。普段から身近にあって関われるきっかけがあるっていいですね…!
町おこしイベントを始めた目的は「福祉を育てるための町づくり」でした。
町おこしイベントは、私たちの施設の職員だけで考えて運営しているわけではなく、企画の時点で地域の方たちに参加してもらっていて、「どんなイベントを開催すればたくさんの人に参加してもらえるのか?楽しんでもらえるか?」をみんなで一緒に考えて、当日も一緒に企画や運営を行っています。
豊悠福祉会では、そんな“人と人とのつながり”を大切に、地域住民と一緒につくりあげていくことで、施設だけではなく、地域・豊能町全体を盛り上げていけるように町おこしイベントを行っています。
山之口さんの介護の仕事への想い
私は、介護の仕事は人と人のつながりを感じられる職種だと思っています。
利用者さんはもちろん、ご家族、一緒に働く仲間、地域の住民の方など、たくさんの人の笑顔を引き出すことができる仕事だと考えています。
働き始める前の私は、特別養護老人ホームなどの介護施設って「寝たきりでお話しもできない人ばかりなのではないか」というイメージを持っていました。
でも実際はそんなことはなくて、おしゃべり好きな方や、運動好きな方もいて、想像をはるかに超える元気な人がたくさんいるんですよね。
特にビックリしたのが、100歳以上の元気な人がたくさんいるということです。利用者さんの100歳を迎える瞬間に何度も立ち会って、100歳の誕生日をみんなで一緒にお祝いさせていただいています。
介護職の一日の仕事はさまざまだと思いますが、三大介護(食事介助、排泄介助、入浴介助)や生活援助、レクリエーションなどの余暇時間の支援が基本ではないでしょうか。私もそこからスタートしました。
私は正直、働き始めたばかりの頃は、毎日が楽しいとかやりがいに満ち溢れているとかそんな余裕はなくて…日々仕事を覚えていくことに精一杯でした。
ストレートに「嫌だ」と利用者さんから拒否されたり、名前を覚えてもらえなかったり、ちょっとしたことで落ち込んで余裕がない日々が続いていました。
そんなつらい・しんどい毎日だったのが変わったきっかけは、実はなんでもない瞬間でした。いつも入浴を嫌がっていた方が、相手のひょんな一言を拾ったことをきっかけに急にお風呂に入るようになったとか、食事を食べてくれない方の食事形態を工夫したらパクパク食べるようになったとか、少しの関わりで相手の反応が変わったときがあったんですよね。
それで「私、何かしたっけ?」と振り返ったときに、それまでは仕事だからと「お風呂入って!」「トイレ行って!」「ご飯食べて!」と自分の想いをぶつけてばかりだったことに気づきました。
それが相手の想いを拾う余裕が出てきて、言葉だけじゃなく表情など、ささいな変化に気づけるようになったことで、相手の反応も変わったんですよね。
それが介護に対して自分の捉え方が大きく変わった瞬間でした。ひとつのケアがうまくいかなかったとしても、「明日はどうしようか?キャラクターを変えてみようかな?」などと工夫を考えられるようになって、介護が楽しいと思えるようになりました。
実は私も、介護の仕事を経て看護師になったんですが…施設や病院で働いていると、どうしても“ケアする側”と“される側”みたいな関係性になりやすいんですよね。
「こうしてほしい・しなきゃ」って姿勢になっちゃうのって、働く誰もが経験したことがあるんじゃないかと思います。でも、利用者さんにとっての施設って“生活の場”で、スタッフは日常の中で関わる人。だからこそ、こちらの姿勢や関係性づくりによって、相手の反応って全く違ってきますよね…。
そうして介護の仕事にしっかり向き合えるようになった頃に、町おこしイベントのプロジェクトメンバーとしての役割も担うようになりました。
そして介護業務も行いながらいくつかのプロジェクト業務を経験する中で、今回の本題となるファッションショーのプロジェクトリーダーを任されることになりました。
「福祉×ファッション」ファッションショーについて
そもそもファッションショーを始めたきっかけは「日頃関わっている利用者さんの笑顔が見たい!」という想いからでした。
年を重ねていくとオシャレと縁が遠くなりがちですが、歳を重ねたからといって、決してオシャレがしたくないわけではないんですよね。
若い頃からの憧れの衣装に身をまとって笑顔になる…そんな利用者さんの姿を想像しただけでワクワクするし、実際にそれを体験して感じてもらいたいと思いました。
そして、そのワクワク感=非日常を、利用者さんだけではなくご家族、地域住民、仲間とも共有していきたい。また、こうしたファッションショーを開催することが福祉としての新たな魅力発信にもつながるのではないかと思い、ファッションショーを始めました。
確かに…高齢者の方の服装って、地味だったり、機能で選んだ服装をされてたりすることが多い印象があります。身体に障害がある患者さんなどは特にそうですよね。
でもよくよく聞いてみると、明るい色とか華やかな形の服を着るのが「恥ずかしい」だとか、「この歳でキレイな服なんて…」「若い子の格好が羨ましい」という、オシャレしたい気持ちはあっても、抵抗がある・諦めてしまっていることがあるんですよね。だから、誰もがオシャレをして主役になれるイベントがあるって、素晴らしい取り組みだと思います!!
一見結びつかない「福祉×ファッション」ですが、組み合わせることで学生や地域住民にも「えっ、何をするの?」と興味を持ってもらえたり、福祉のイメージチェンジのきっかけにもなったりするのではないかと思いました。
実際にファッションショーを開催してみて
そうして開催したのが「TOYONO COLLECTION 2019」です。豊能町で一番大きなホールで開催しました。
モデルとして、施設に入所されている方やデイサービスの利用者の方、地域住民など、色々な方に参加していただきました。最年少の4歳から最高齢は97歳の方まで幅広い年代の方がモデルを務めてくれました。
こうしたイベントを開催することで、「施設に入っていても、こんなに元気な人もいるんだ」「高齢化が進んでいる町だけど、高齢でもパワフルで色んな想いを持っている人がいるんだ」と福祉施設や町の魅力を知ってもらうきっかけを届けることができました。一人ひとりが思い思いの衣装を身にまとい、笑顔でステージに立つ姿はとても素敵でした。
■モデル紹介
<①97歳女性 特別養護老人ホーム入所者>
特別養護老人ホームに入所されている97歳・要介護4の女性のモデルのAさんは、いつも笑顔で穏やかで優しく、世話好きな人気者です。
ご自分でお話しはしっかりできますが、高齢なこともあり言葉のキャッチボールが難しいこともありました。
そんなAさんにファッションショーに出場してもらうために、まずは事前のヒアリングを行いました。普段から関わってはいるが、どんな人なのか?ファッションショーではどんな衣装を着たいか?どんな音楽をかけたいか?逆に嫌なことはないか?当日に必要な援助や注意点は?深く知るための情報収集をしっかりと行いました。
そして当日、黄色い着物に身をまといモデルを務めたAさん。
司会者から今日の感想を聞かれて「今日は私のためにたくさんの方にお集りいただき、ありがとうございました」と前を向いてしっかりと話されていて、その堂々とした姿にスタッフ一同とても驚かされました。非日常の刺激が、A さんにとってとてもいい変化になったのではないかと思いました。
<②90歳女性 デイサービス利用者>
デイサービスを利用されている女性のモデル・Bさん。90歳と高齢ではありますが杖を持ってしっかり歩かれていて、社交ダンスが得意で、茶道の先生を40年続けてこられたオシャレな方です。
Bさんはファッションショーへの出演が決まったときは喜んで乗り気だったんですが、開催2週間前になって、衣装の試着のときに「私、こんなの着ない」「出演しない」と真顔で言われたんです。
それから、本人に心から喜んで出てもらうために様々な工夫や声かけをして、衣装に合わせて杖の飾り付けをしたり、安心してショーに出られるようデイサービスの職員と一緒に出演できるようにしたりと様々なアプローチをしました。
結果として、当日は「本当に嫌がっていたの?」と思うくらい、衣装のドレスを着て、素敵な笑顔でステージを歩かれていました。スタッフやボランティアの方からも喜びや感動の声が寄せられましたね。
ファッションショーを通して生まれた、笑顔の連鎖
ファッションショー開催には、語り切れないエピソードがあります。モデル決めからヒアリング、プログラムづくりや準備など、数えきれない工程を経て当日のその瞬間を迎えることができました。
ファッションショーをやるとはいっても、普段の仕事をしながら同時進行で進めていくのですごく大変でした。それでも開催できたことで、たくさんの人の笑顔を見ることができました。素敵な衣装に身を包んで、モデル本人はもちろん、ご家族やスタッフがそれを見てさらに笑顔になり、次々に“笑顔の連鎖”が起こりました。その幸せな瞬間に運営として立ち会えたことは、今でも自分の糧になっています。
“笑顔の連鎖”!すごく素敵な言葉ですね…!
当日ももちろんたくさんの笑顔が生まれたと思いますが、当日を楽しみに準備をして、当日も楽しんで、あとから振り返って笑顔になって…って、どの過程でもたくさんの笑顔が生まれたんだろうなぁ…。素晴らしい活動ですね。楽しみな予定がある、ってことが楽しい気持ちを生み出すし、関わる人みんなのやりがいや生きがいを増やすことにつながっただろうなぁと思います。
振り返ってみると、私自身が介護の仕事をする中で試行錯誤して積み重ねてきた経験が、そのままファッションショーでも活かされたなと感じました。
自分たちだけの一方通行ではなく、どうしたら相手に喜んでもらえるかを考えたこと、心の中にある想いを引き出そうと関わってきたことが、ファッションショーの成功にもつながったと思います。
コロナ禍で変わるファッションショーの形
コロナ禍でこれまでのようにイベントができなくなりましたが、今年の10月には4回目のファッションショーとなる「TOYONO COLLECTION 2021」を開催し、またたくさんの人の笑顔を見ることができました。
モデルの人数もこれまでで最少の7名に制限し、観覧人数も制限してオンライン生配信を実施したり、最大限の感染対策をしながら開催をしました。
オンラインとのハイブリット開催となり、初めての試みで課題も多かったですが、今後に生かしてさらに発展させていきたいと思っています。
おわりに~福祉の無限の可能性への挑戦~
私たち豊悠福祉会は、地域福祉の発展に挑戦しつづけています。ファッションショーの開催は、新たな介護の可能性を見い出すことにつながりました。
私は介護には無限の可能性があると思っていて、ファッションショーだけではなく様々なイベントに変化させられるのではないかと考えています。たくさんの人の笑顔を引き出し続けるために、これからも挑戦し続けていきたいですね。
さまざまな活動を実践していく人たちのことを、豊悠福祉会では“福祉系ソーシャルベンチャー”と呼んでいます。
できないことを考えるのではなく、型にはまっていない自由な発想を取り入れながら、福祉や介護の魅力を発信し続けたいですね。若い人たちの柔軟な考えや新しい風もどんどん取り入れていきたいので、ぜひ色んなご意見やアイデアをいただきたいです。
福祉×ファッションショー。最初は異色の組み合わせかと思いましたが、すごく人のつながりや温かみを感じられる取り組みだということが分かりました。できないことを考えるのではなく、何のために何をするのか、どうすればできるのか型にはまらない自由な発想で考えて、そして実践していくことで、こういった新しい可能性が広がっていくのではないでしょうか。人生に楽しみを見失っている高齢者の方が増えてきているので、“笑顔の連鎖”が生まれるような様々な取り組みがこれからどんどん増えていくことを願っています!
学生からのQ&A
介護職として普段の仕事がある中で、どうやってイベントのための時間を確保したんですか?また、どうやって地域の人を巻き込んでいったんですか?
時間に関しては、とても一人ではできません。みんなで協力しながらやったからできたことです。一人ひとりの職員が自然とどうしたらうまくいくかを考えて動いてくれて、普段からのチームワークがあったからこその成功だったと思います。
そして地域の理解を得られたのは、それまで10年以上、豊悠福祉会が様々な活動を通して地域と関わりつづけてきた積み重ねがあるからこそです。何年もかけて私たちの想いや取り組みを知ってもらった過程があって、今の信頼関係があります。
衣装はどこから準備されているんですか?
高齢者の場合、拘縮(こうしゅく)があったりして、通常の服が着られないこともありますよね。社会福祉法人でファッションショーなどを開催する際、それに特化したイベント会社があるんです。そこで衣装の依頼をして、当日に向けて衣装の準備をしていきます。
ファッションショーにはどんな観客がいますか?学生も参加していましたか?
1回目のファッションショーでは20名以上の学生が参加してくれました。
関西だけではなく、東京から来ていた方もいましたね。服に興味がある人、福祉に興味がある人、福祉とファッションって面白いなと思ってくれる人などが集まっていた印象でした。
「福祉を育てるための町づくり」から始まった福祉×ファッションショー。
その思いがけない組み合わせから生まれた取り組みは、ケアをする人・される人、健康な人・病気の人、若い人・高齢者…そんな人の垣根を越えてたくさんの笑顔の連鎖を生み出しています。 できないことを考えるのではなく、柔軟に新しい考えを取り入れていく“福祉系ソーシャルベンチャー”豊悠福祉会。
その活動に、あなたはどんなことを感じましたか?これを読んだ人の視野や選択肢が少しでも広がり、あなたや周りの人の「日常」そして「非日常」が豊かになるヒントになれば幸いです。