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2022.01.05

カイゴの業界研究セミナー レポートvol.5|最期まで、自分らしいくらしをつくる ~「壁」をなくすことでつながった人と地域の営み~

「最期まで、自分らしいくらしをつくる」をテーマに開催された、第3回【カイゴの業界研究セミナー】。
今回紹介するのは「ケア」を起点に「社会をやさしく変えていく」という理念を持つ社会福祉法人 愛川舜寿会の取り組みです。
どんな人にも必ず訪れるのが「生の終わり」であり、介護の仕事では「看取り」を避けては通れません。そんな中であらゆる「壁」を取り払うことで、人や地域に起きた変化とは?
ファッション業界から福祉業界に転身した常務理事・馬場さんから「ケア」や「地域」、人間らしく生きることについて語っていただきました。

 講師紹介 

社会福祉法人 愛川舜寿会・常務理事 馬場 拓也さん
大学卒業後イタリアのファッションブランド「ジョルジオ アルマーニ」にてトップセールスとして活躍した後、2010年、34歳の時に2代目経営者として現法人に参画。
https://aikawa-shunjukai.jp/

 レポーター紹介 

看護師ライター・町田 舞 さん
新卒でシステムエンジニアとして就職し、うつ病・休職を経験し退職。その後フリーターを経て介護職から看護師となり、フリーランスに転身。現在は訪問看護師としても働きながら、医療福祉事業のウェブ・広報業務や、看護メディアでのライター活動、ブログ・SNS発信などパラレルキャリアとして活動中。

愛川舜寿会とは

愛川舜寿会は、人口4万人ほどの神奈川県愛川町にあります。私たち愛川舜寿会の理念(大切にしていること)は、「共生」「寛容」「自律」です。

共生は、多様性を認め合うこと。
寛容は、許し受け入れること。
自律は、個を尊重すること。

現代社会は、どんどん不寛容な世の中になっています。人の過ちやミス・失敗に群がる人がいたり、ネットは誹謗中傷に溢れ、傷付いて自ら命を絶つ人もいますよね…。そんな社会の中で、福祉の世界でできることを示していきたいと私たちは考えています。
多くの人が生きることを共にする中で、同じ人は一人もいませんよね。みんな違って、それが当たり前。そう分かっていても、認め合うことを常に実践していくことは難しいですが、“そこ(原点)に、常に立ち返っていく”という想いを持つためにこのような理念を掲げています。

私たちは「地域の人々と、ケアを起点としたコミュニティを再構築し、社会“を”やさしくする」という想いを持っています。これまでの福祉は、病気や障害がある人、どこかで“弱者”を“支える側”や、ケアを“提供する側”という側面が強かったように思います。ですが、少子高齢化社会が加速していく中で「いわゆる専門職だけの力で、これからの福祉・社会を支えられるのか?」と考えると、難しいのではないでしょうか。だからこそ「社会“に”専門職がやさしくする」のではなく、「(広く人や社会を捉え、みんなで)社会“を”やさしく変えていく」という理念を私たちは大切にしています。

日常の営みをまちの風景にする~壁を壊すことで生まれたこと~

私たちが運営する施設では、地域で一番大きいお祭りを開催しています。お祭りは高齢者の楽しみや居場所になりますが、そこで大切なのは、高齢者のお祭りを高齢者“だけ”のものにしないということ。人はつい思い込みで、高齢者は演歌が好きだとか、食べ物はお団子がいいとか考えがちですよね。以前、最期が近い入居者さんに何が食べたいかを聞いたとき「マクドナルドが食べたい」と言われたことがあって、そのときに色んなことを考えさせられました。目の前の人を、一般性で括るのではなく多様性を持って見ること、その人個人を見ていく必要があるのだと気づかされましたね。

そう考える中で、愛川舜寿会では2016年に「地域とのつながりを強めよう」と特養(特別養護老人ホーム)の「壁」を壊しました。

壁、皆さんで壊したんですか?!

近年、様々な人や地域で「境界線をなくす取り組み」は行われていますが、物理的に壁を(自分たちの力で)壊すって…なんだかすごく革命的ですね。心の壁も、いい意味で壊せそうです。

特養に入所する人の平均要介護度は4.5と言われています。最重度の要介護度は5なので、寝たきりに近い人がほとんど。すると入所者や福祉職以外の人は、日常生活の導線の中で、そういった状態の高齢者や福祉に触れる機会がありませんよね。

ですが壁を壊したことで、そこに変化が生まれました。特養の目の前にはガソリンスタンドがあり、道路に面しています。施設を覆う壁・塀がなくなったことで、施設の野外で過ごす高齢の入居者と、ガソリンスタンドや道路を通る人との間にさまざまな接点が生まれるようになりました。たとえば、部活帰りの中高生と入居者がお互いに姿が見えるようになったことで、自然な会話や接点が増えていったんです。

“自然”な会話や接点…とても大切ですよね。

壁を壊したことで、あらゆる人にとって物理的にも心理的にも障壁が減り、“壁の向こう”の閉ざされていた世界が開けて見えるようになったんですね…。新しい取り組みのようにも思えますが、人の“本来の暮らし”に戻っていくような感覚がありますね。

「ケア」とはなにか?

福祉って、必要な人に日常の食事や排泄などの支援をする仕事で「施設の中でのケア」に限局されがちですが、「それだけでいいのか?」「もっと広く捉えて見たら、他にもできることがあるのでは?」と考えるようになりました。

「ケア」という言葉の意味は広く、「世話をする」「配慮する」「気遣う」や「世話」「治療」「配慮」「耕す」といった多くの意味を持ちます。実は「介護」は介護としか訳せず、他の国の言葉にない日本独自の概念です。ですが、「ケア」は世話や治療に限らず、気遣いなど心への配慮も含まれた言葉なんですよね。

私が以前、心を打たれたのは「ケアとは時間をあげること」という考え方でした。目に見える治療や介護に限らず、誰かがそばにいるだけで癒されること(目に見えないケア)ってありますよね。認知症の方と関わるときも、ただ隣にいたり背中をさすることがとても効果的だったりします。

そう考えると、生まれてから誰のケアも受けずに育った人なんて一人もいないんですよね。誰もが誰かのケア・時間の中で暮らしていて、日常の延長線上に「ケア」がある。だからこそ、町の営みの中に、(特養や施設の)日常の風景があることを当たり前にしたいと私たちは考えました。

町の営みの中の「ケア」~お互いが見えることで、見えてくる世界~

愛川舜寿会では、日々の記録をスマートフォンで共有し、入所者さんの状況を職員同士で情報共有しています。

そこで共有される情報(エピソード)の一部をお話しします。たとえば、103歳の入所者さんがひ孫さんの運転でドライブに出かけたことがありました。もう「何が起きるか分からない状態」で、意識もはっきりしなかったはずの方が、ドライブ中には目をパッチリと見開いて、元気に帰ってこられました。そういった状況を、リアルタイムで共有して、何かあったときにすぐに対応できるようにしています。

他にも、亡くなる直前の入所者さんをご家族と一緒にお風呂に入れたことなどもありました。娘さんをはじめ、学校帰りのお孫さんなど家族が集まって…そんな様子も職員で情報共有しました。

私たちは、入所者さんが亡くなったとき、職員・入所者仲間など総出で見送りをします。また、「玄関から来た(入居した)のだから、亡くなったときも(裏口などではなく)玄関から送り出す」ようにしています。

すると、以前「壁」があったときには外の人からその様子はほとんど見えなかったものが、今は外から「丸見え」になり、お見送りの際に、向かいのガソリンスタンドの店員さんが一緒に頭を下げてお見送りをしてくださるようになりました。すごく感慨深かったですね…。

日本では「死」って長年タブー視されがちでしたよね…。また、障害や病気・介護はどこか隠されがちだったように思います。

それが、町の営みの延長線上にあること、地域の中で身近でオープンになること、こうした取り組みをしていくことって、これからの人・地域・社会にとって、きっとすごく重要なことですよね…。

「人間らしく生きる」ために~福祉・ケアの力でできること~

私たちは常に「障害のあるなしによらず、一緒に過ごす環境をつくる」「人間らしく生きる」ということが必要だと考えています。

今は、人と人が(直接)会わなくても、(画面越しで)会ったようにすることはできますよね。それも必要なことで、そういった技術も素晴らしいですが、「松竹梅の“松”にはなれない」と私は考えています。直接会うからこそ、そこにある人の息遣いや振る舞いを感じることができる、その中で“人”をより知ることができる、それを大事にしたい。自然界に同じ葉っぱは一枚もない、そして同じ人も一人もいない。だからこそ、人間の自然や当たり前を取り戻して、できるだけ「人間らしく生きる」に近づけたい…。私はそんな風に考えています。

愛川舜寿会では現在、新規事業として、地域のスーパーの跡地で、地域の人と一緒に新しい居場所づくりに取り組んでいます。そのつぶれたスーパーは、今も子どもたちが集まるたまり場になっているため、そこに「地域の居場所」がつくれないだろうかと考え、そこで高齢者のためのグループホーム・小規模多機能型居宅介護、障害児の放課後等デイサービス、障害者の就労支援などを行っていく計画を立てています。そこで、かつてスーパーで人気だったコロッケスタンドや、駄菓子屋、洗濯代行などを就労支援事業として行っていくことで、障害者が働く場や、家事に追われる人が楽になる仕組みなど、人や地域がつながる場をつくろうとしています。

かつて「家族(共同体)」で行われていたケア(家事、育児、介護など)が、近年はアウトソーシング(ケアの外部化)される時代になってきました。私たちは福祉の視点を通して、「ケアの外部化」から社会をやさしく変えていくことに取り組み続けています。

学生からのQ&A

(発表にあったエピソード以外で)「施設の壁を取ってよかった」と思ったことはありますか?

よかったことしかないですね。元々私は閉塞感が苦手なタイプだったんですが、壁をなくしてみて「みんなそうだったんだ」ということに気付かされました。
とある入居者の方に「気持ちがいい、背中の“カビ”がとれたみたい」などと言われたとき、壁がなくなることで物理的にも心理的にも、風が通ること・環境作りの大切さを考えさせられましたね。

壁がなくなったことで、近所の子どもたちが窓の外で遊んでいるのを見られたり、声が聞こえたり、(コロナ禍で)直接は触れ合えなくても見える・聞こえる距離にお互いがいられるのはいいことだと思います。

馬場さんは、ファッションブランドのセールスマンから福祉の世界に転身されていますが、以前、「アプローチが違うだけで、人と関わる奥深さに違いはない」と考えているということを拝見しました。馬場さんが考える、ファッションと福祉の共通点はなんですか?

私は、物事を紐づけることやつながりを考えるのが好きなんですよね。
(うまく表現できないかもしれませんが)ファッションって、服が主役なのではなくて、“服を着ているその人”が主役で素敵に見えることが大事なんです。その視点で見ると、福祉の世界にも同じことが言えます。

福祉職が主役なのではなくて、一人一人が主役でいられることが大切だと私は考えています。また、どんな仕事にもケア(気遣いや配慮)は必要なので、そうやって見ていくとファッションも福祉もつながるのではないでしょうか。

施設に壁があったのはなぜですか?目的があったのでしょうか?

施設の前には道路があり、車が通ります。元々は、認知症の方が外に出て交通事故に遭うリスクなども考えられていましたが、実際に壁をなくしてみたところそれは起こりませんでした。
これはコロナ禍と似ている面があって、過剰な不安や心配から、必要以上に人との距離を取ってしまうことについて、考えさせられましたね。
そして、必ずしも壁があることが悪、なくすことが正解とは限りません。私たちの場合には壁をなくしたことが正解になりましたが、環境や目的によって必要な方法は変わってくると思います。


「ケア」は、医療や福祉の世界だけの言葉や概念だと思われがちですが、実際には人が「人間らしく生きる」うえで誰にとっても必要な視点や考え方だということが、講義の中で見えてきました。そこにあった壁・境界線をなくしたからこそ見えた・つながった人や地域。そんな取り組みを知って、あなたはどんなことを感じましたか?
自分らしく生きること、社会をやさしく変えていくこと。この記事が、読んだ方にとって自分にも人にもやさしく生きる方法や、地域の未来を考えられるヒントになれば幸いです。

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